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枕草子

五月の御さうじのほど、しきにおはしますに、ぬりごめのまへ、ふたまなる所お、ことにしつらひしたれば、れいざまならぬもおかし、ついたちより雨がちにてくもりくらす、つれ〴〵なるお、郭公の声尋ありかばやといふおきゝて、われも〳〵と出たつ、賀茂のおくになにがしとかや、七夕のわたるはしにはあらで、にくき名ぞきこえし、そのわたりになん日ごとになくと人のいへば、それは日ぐらしなりといらふる人もあり、そこへとて、五日のあした、みやづかさ車のこといひて、北のぢんより、さみだれはとがめなき物ぞとて、さしよせて四人ばかりそのりてゆく、うらやましがりていま一つしておなじくはなどいへば、いなとおほせらるればきゝもいれず、なさけなきさまにて行に、〈○中略〉道もまつりのころおもひ出られておかし、かういふ所にはあきのぶの朝臣のいへあり、そこ、もやがて見んといひて、車よせておりぬ、〈○中略〉雨ふりぬべしといへば、いそぎて車にのるに、さてこのうたはこゝにてこそよまめといへば、さばれみちにてもなどいひて、卯花いみじくさきたるお折つゝ、くるまのすだれそばなどに、ながき枝おふきさしたれば、たゞうのはながさねおこゝにかけたるやうにぞ見えける、ともなるおのこどもゝいみじうわらひつゝ、あじろおさへつきうがちつゝ、こゝまだし〳〵とさしあつむなり、〈○中略〉此車のさまおだに人にかたらせてこそやまめとて、一条殿のもとにとゞめて、侍従殿やおはします、郭公のこえきゝていまなんかへり侍るといはせたる、つかひ、たゞ今まいる、あがきみ〳〵となんのたまへる、〈○中略〉あへぎまどひておはして、まづ此ーるまのさまおいみじくわらひ給ふ、うつゝの人ののりたるとなんさらに見えぬ、猶おりて見よなどわらひ給へば、ともなりつる人どもゝ興じわらふ、歌はいかにか、それきかんとのたまへば、いまおまへに御覧ぜさせてこそはなどいふほどに、雨まことにふりぬ、〈○中略〉さてまいりたれば、ありさまなどとはせ給ふ、〈○中略〉いづら歌はととはせ給ふ、かう〳〵とけいすれば、くちおしの事や、うへ人などのきかんに、いかでかおかしきなくてあらん、其きゝつらん所にて、ふとこそよまゝしか、あまりぎしき事ざめつらんぞあやしきや、こゝにてもよめ、いふがひなしなどのたまはすれば、げにと思ふにいとわびしきお、いひあはせなどするほどに、藤侍従の、ありつるうの花につけて、卯花のうすやうに、
ほとゝぎすなくねたづねに君ゆくときかばこゝろおそへもしてまし、かへしまつらんなどつぼねへすゞりとりにやれば、たゞこれしてとくいへとて、御すゞりのふたにかみなどいれてたまはせたれば、宰相のきみかき給へといふお、なおそこになどいふほどに、かきくらし雨ふりて、神もおどろ〳〵しうなりたれば、物もおぼえず、たゞおろしにおろす、〈○下略〉