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仮名世説
支唐禅師は、源子和が父の方外の友なり、諸国行脚の時、出羽国より同宗の寺あるかたへゆきて、其寺にしばし滞留ありしに、庭前に椎の木の大なるが朽ちて、半よりおれ残りたり、一日住持此木お人して堀りとらせけるに、朽ちたるうつろの中より、雌雄の梟二羽出でゝ飛びさりぬ、其跡おひらきみるに、ふくろふの形お土おもて作りたるが三つ有り、其中にひとつははやくも毛少し生ひて、啄足ともにそなはり、すこし生気もあるやうなり、三つともに大さは親鳥程なり、住持ことに怪しみけるに、禅師の雲く、これは聞き及びたる事なりしが、まのあたり見るはいとめづらし、古歌に、ふくろふのめたゝめつちに毛がはへて昔のなさけいまのあだなり、と此事おいひけるものなるべし、梟はみな土おつくねて子とするものなりと、住持も禅師の博物お感ぜり、