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輶軒小錄
越山鶆之事
越の白山にらいの鳥と雲ふ物ありと、昔より語り伝ふ、其字鶆の字お書く、朱冠玄衣、青腹白翅のさきに白色お帯び鵲の如し、雌は雌雉の如し、甚其子お愛す、白山は北国にては、究めて高山なるゆえ、四時常にあり、山の絶頂より下廿町ばかりに五葉坂あり、万松環り囲む事数十回、この鳥其間に棲宿し、曾て他所へ行かず、見る人猶希なり、たま〳〵見得る者あれば、以て奇瑞とすと雲ふ、此鳥よく火災おさくとなん、昔後烏羽院の御製の和歌ありて、夫木集に載すと雲へり、其歌、白山の松の木陰にかくろひて安らにすめる鶆の鳥かな、国に小武友梅と雲ふ老人あり、家素より豪富にて好事の雅人なり、平生山水の癖ありて、天下の名山奇水遊歷せずと雲ふことなし、常に白山の神お崇信し度々山上し、路に休所の廬お結び、往来の人おやすらはしめ、したしく彼鳥お目擊し、図絵して風早実積卿に因りて、霊元帝の御覧に入る、亦かの歌お実積卿に請けて、その上に題せしめ、亦予〈○伊藤東涯〉に其記お作らしむ、近比亦刊刻して画軸となし、世に行ふときく、比日偶古文品外錄お閲るに、宋の朝禎之が新城遊北山記おのす、雲々傍皆大松雲々、松間藤数十尺、蜿蜒如大蛇、其上有鳥、黒如鴝鵒、赤冠長喙、俯而啄、磔然有声雲々、此様子お考ふるに、たしかに鶆の鳥と見えたり、