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冠辞考

ぬえこどり〈○中略〉 又ぬえ鳥の
万葉巻一に、奴要子鳥(ぬえこどり)、卜歎居者(うらなきおれば)、〈○中略〉こはかれが声のかなしくうらめしげなるお、人の哭泣に譬ておけり、〈○中略〉
巻五に、〈貧窮問答の歌〉奴延鳥乃(ぬえどりの)、能杼与比居爾(のどよびおるに)雲雲、これも哭にたとへたる意は右に同じ、さて裏歎とかき、能杼与比といへるおもて、或人は隠声になく鳥ならんといひしお、武蔵の上野に実伝僧都といふ有しが、もと三井寺に住学せしほど、此寺にてぬえの鳴は凶きさがとていむお、たま〳〵は聞侍りしに、遥なる谷に鳴も、耳とほるばかり高く苦しきこえ也とかたり侍りし、又土佐人大神垣守がいへる、奴衣鳥は今の猿薬の笛のひしぎてふ音の如く鳴ぬ、亥の時ばかりより始て夜る鳴なり、鳩よりもいさゝか大きにて鳶の羽の如しと、よりておもふに、和名抄に鵼〈沼江〉恠鳥也とあれば、梟などの類にて夜る鳴ならん、且喉呼(のどよび)とも書るは隠声なるにはあらで、からごえに鳴かたにていふ也けり、うら鳴は恨鳴也、