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平家物語

鵼の事
仁平の比ほひ、近衛の院御在位の御時、主上よな〳〵劫させ給ふ事有けり、うげんの高僧貴僧に仰て、大法ひ法おしゆせられけれ共、其しるしなし、御なうはうしのこく計の事なるに、東三条のもりの方より、こくうん一むら立来て、御殿の上におほへばかならず劫させ給ひけり、是によつて公卿せんぎ有けり、去ぬる完治の比ほひ、堀川院御在位の御時、主上しかのごとく、おびえ魂極せ給ひけり、其時の将軍よし家朝臣、南殿の大床に候はれけるが、御なうのこくげんに及んで、鳴弦する事三度の後、高声に前陸奥の国守源義家と名のりたりければ、きく人身のけよだつて、御なうかならずおこたらせ給ひけり、然ればすなはち先例に任て、ぶしに仰てけいご有べしとて、源平両家の兵の中おえらませられけるに、此より政おぞえらび出されたりける、〈○中略〉頼政たのみ切たるらうどう、遠江国の住人、猪早太に、ほろの風切はいだりける矢おはせて、隻一人ぞぐしたりける、我身はふたへのかり衣に、山鳥の尾おもつて作たりけるとがり矢二すじ、しげどうの弓に取そへて、南殿の大床にしこうす、〈○中略〉あんのごとく日比人の申すにたがはず、御なうのこくげんに及で、東三条のもりの方より、くろ雲一村立来て、御殿の上にたな引たり、頼政きつと見上たれば、雲の中にあやしき物のすがた有、いそんずる程ならば、世に有べし共覚えず、去ながら矢取てつがひ、なむ八まん大ぼさつと、心の中にきねんして、よつ引て兵とはなつ、手ごたへしてはたとあたる、えたりやおふと、矢叫おこそしてんげれ、いのはや太つとより、おつる所お取ておさへ、つかもこぶしも、とおれ〳〵とつゞけさまに、九刀ぞさいたりける、其時上下手々に火おともして、是お御らんじ見給ふに、かしらは猿、むくろはたぬき、尾は蛇、手足はとらのごとくにて、なく声ぬえにぞにたりける、おそろしなどもおろか也、主上御かんのあまりに、しゝわう御剣と申お下さる、〈○中略〉さてかのへんげの物おば、うつぼ舟にいれて、流されけるとぞ聞えし、又応保の比おひ、二条院御在位の御時、ぬえといふけてう、禁中にないて、しば〳〵しんきんおなやまし奉る事有けり、然れば先例にまかせて、頼政おぞ召れける、比は五月二十日あまり、まだ宵の事なるに、ぬえたゞ一こえおとづれて、二こえともなかざりけり、めさす共しらぬやみでは有、すがたかたちも見えざりければ、矢つぼおいつく共さだめがたし、頼政が謀に、先大かぶら取てつがひ、ぬえのこえしたりけるだいりの上へぞい上たる、ぬえかぶらの音に驚て、こくうにしばしそひゝめいたる、次にこかぶら取てつがひ、ひいふつといきつて、ぬえとならべて前にぞおとしたる、