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鳩巣小説

一先夜白石老人物語に候、先年常陸の鹿島の社へ、鳳凰来義と申こと有之候、其様子承候処、一夕夜深てさわ〳〵と社も鳴動仕候て、暫く有之、何かは不分明に候へども、広庭の中ひしと宝珠の如く成もの敷候、光輝申候、やヽ有てのし申と見へ、又最前の如く鳴動有之、右の珠一所により候様に見へ候て飛去申候怪異の義と、社人ども駭候て、鳳凰などヽ申義は存もよらず、翌日託宣お上候処、神託に夜鳳凰来賓嬉しく被思召との義候、私など孔雀のやうなる物とまで心得罷在候、火しき体の物と見へ申候、是に付存候へば、聖人の礼楽等のことも、中々常人の推量候とは、各別耳目お驚し申義たるべきと存候、聖徳に感候て来儀の鳥に候へば、さぞ場お取候て見事なるものたるべく候、是にて凡聖人の代の文物嚇々光大なること推量候て、右の咄感心仕候て申つかはし候、 正徳五年五月六日先生〈○室鳩巣〉御手紙