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閑窻自語
怪鳥諦宮中事
安永三年卯月なかばゞかり、まだ宵のことなりしに、夜の御殿のうへに、手車おひく音して、いとおどろ〳〵しく、後桃園のみかどきこしめし、あやしみおどろかせ給ふ、女房殿上人なども、あともわきまへず、いかなる故ならんと恐れあひぬ、御めのとのこゝろきゝたるが、御庭にいでゝ御殿のうへお見やりたるに、鳩ほどの鳥、夜のおとゞの棟がはらのうへにいたり、月のこうなればよく見ゆ、〈毛の色はわかすとぞ〉しばし見いたるに、南おさしてとびければ、いやしきひゞきたちまちにやみけるにぞ、かの鳥の声とはしられけるとなむ、後日御前にまいりけるに、くはしく勅語あり、程へて或人かたりしは、東山若王寺の深林に、うめきどり(○○○○○)となづけて、たま〳〵なく事ありとぞ、いづれあやしき事なれば、内々上臈局忠子朝臣〈姉ぎみ〉おもて、内々御祈あるべきよし申し入れしも、うちおかれず御沙汰ありしなり、
見異鳥於山中事
天明いつゝのとし弥生ばかり、かれこれとなびくわらびお折りに、如意がたけにのぼり、いざやこの山のあなたなる湖おながめんとて、峯いつゝむつばかりもよぢけるとおもふに、比巴のうみひろくみゆ、人々興じてしばしやすらはんとするに、あはひ六十間ばかりへだてゝ、山のかたはらに、むろの木ひきゝしげりひろごりたるうへに、いと大きなる黒きとり(○○○○○○○○)すまいぬ、からすによくにて、よついつゝばかりもあは、せたらんほど大きにみゆ、ともなるものゝうちに、見わけてこんとて、三十間ばかりちかよるうちにとびさりぬ、つばさひろげしさまなど、いかなる鳥ともわきまへがたし、吉野拾遺物語中、くろき怪鳥いでしことしるせり、いかさまよのつねの鳥にはあらじといふに、皆人おそれていそぎかへりぬ、