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竹取物語
大友の御ゆきの大納言は、我家に有とある人めしあつめての給はく、竜の首に、五色の光ある玉あなり、それとりてたてまつりたらむ人には、ねがはん事おかなへむとのたまふ、男ども、仰の事お承て申さく、仰の事はいともたうとし、但此玉たはやすくえとらじ、いはんや竜の首の玉は、いかゞとらむとまうしあへり、大納言のたまふ、てんの使といはんものは、命おすてゝも、おのが君の仰ごとおば、かなへんとこそおもはへけれ、此国になき、天竺唐の物にもあらず、此国の海山より、竜はおりのぼるもの也、いかに思ひてか、なんぢら、かたき物と申べき、〈○中略〉たつのかしらの玉とりえずば、帰りくなとのたまへば、いづちも〳〵、足のむきたらむかたへいなんとす、かゝるすき事おし給事と誹りあへり、つかはしゝ人は、夜昼待給ふに、年越るまで音もせず、心もとながりて、いと忍て、たゞ舎人二人召付として、やつれ給ひ、難波の辺におはしまして、問給ふ事は、大友の大納言どのゝ人や、ふねに乗て、竜ころして、其首の玉とれるとや聞と、とはするに、舟人こたへていはく、あやしき事哉とわらひて、さるわざするふねもなしと答るに、おぢなき事する船人にもある哉、得しらでかく雲とおぼして、我ゆみの力は、竜あらば、ふといころして、首の玉はとりてん、おそくくるやつばらおまたじとの給ひて、船にのりて、海ごとにありき給ふに、〈○中略〉はやき風吹て、世界くらがりて、船お吹もてありく、いづれのかたともしらず、船お海中にまかり入ぬべく吹まはして、波は般に打かけつゝまき入、神はおちかゝるやうにひらめきかゝるに、〈○中略〉はや神にいのり給へといふ、よき事也とて、梶とりの御神きこしめせ、おとなく心おさなく、竜おころさむと思ひけり、今より後は、けのすぢ一すぢおだにうごかしたてまつらじと、よごとおはなちて、たちいなく〳〵よばひ給ふこと、千度ばかり申給ふけにやあらん漸々神なりやみ、すこし光て風は猶はやく吹、梶取のいはく、是はたつのしわざにこそありけれ、此吹風〈○中略〉三四日ふきて、吹かへしよせたり、浜おみれば、播磨のあかしの浜なり、〈○中略〉船にある男ども国につきたれども、国の司まうでとぶらふにも、えおきあがり給はで、ふなぞこに臥たまへり、〈○中略〉いかでか聞けん、つかはしゝ男どもまいりて申やう、竜のくびの玉おえとらざりしかばなむ、殿へもえまいらざりし、玉の取がたかりし事おしり給へればなん、かむだうあらじとて、参つると申、大納言起出のたまはく、なむぢらよくもてこずなりぬ、たつはなる神のるい(○○○○○○○○○)にてこそ有けれ、かくや姫てふおほ盗人のやつが、人おころさむとする也けり、家のあたりだに、今はとおらじ、男どもゝなありきそとて、家に少残りたりける物どもは、竜の玉おとらぬものどもにたびつ、〈○下略〉