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百家琦行伝

蛇隠居
天明完政の頃、東武青山或御組屋敷のほとりに、武家の隠居ありけり、氏お武谷、俗称お又三郎と雲けり、此人希有の癖あり、常に虫お食することお好み、〈○中略〉虫多き中にも、第一の好味として喜び喰するものは蛇なり、皮おはぎ、骨お去り、二三寸程づゝに斬て、竹串にさし、炙物にして食す、予〈○八島五岳〉其頃此老人に蛇のかばやきお貰ひて飡たり、はなはだ美味ものなりし、外人は釣竿おかたげて川狩にゆくなかに、此老人のみは、野山お経めぐりて、蛇お数隻とり来り、是お按排して、酒のみて楽みける、〈○下略〉