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源平盛衰記
十四
小松大臣情事
小松〈○平重盛〉大臣、中宮の御方へ被申べき事有て被参たりけるが、仁寿殿に候はれて、帥典侍殿と申女房と暫し対面有けるに、良ありて帥典侍殿の左の袴のすそより大なる蛇はい出て、重盛の右の膝の下へはい入けり、大臣これお見給、我さはひで立ならば、中宮も御騒有べき、帥典侍殿も驚給べし、此事傍悪力りなんと推、しづめ給て、左の手にて、蛇の頭おおさへ、右の手にて、尾お押へて、六位参れと召ければ、伊豆守其時は、未蔵人所に候けるが、指出たりけるに、是は何と被仰たれば、見候とて、つとより、布衣の袖お打覆て罷出て、御倉町の前に出て、人や候、参れと呼ければ小舎人参たり、是賜ていづくにも捨よとて、差出したれば、一目見て、赤面して逃帰りぬ、郎等省に賜たれば、不恐蛇の頭お取て、大路に出て、打振て捨たれば、蛇即死けり、翌日に小松殿、自筆にて御文あり、昨日の御振舞還城楽と奉見候き、雖異体候一匹一振令送進候とぞ有ける、黒き馬の七寸に余て、太逞しきに、白覆輪の鞍置て、厚房の鞦お懸たり、太刀は長覆輪也けるお、錦の袋に入られたり、優にやさしく見工ける、仲綱御返事には、御剣御馬謹拝領、御芳志之至、殊畏入候、抑去夜誠還城楽の心地仕候き、仲綱頓首謹言と書たりけ、り還城薬とは、蛇お取舞すなれば、角問答有けるこそ、〈○下略〉