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沙石集
七下
依愛執成蛇事
鎌倉に或人の女、若宮の僧坊の児お恋て、病になりぬ、母にかくとつげしらせければ、彼の児が父母も知人なりけるまヽに、この由申合て、時々児おかよはしけれども、心もなかりけるにや、疎くなりゆくほどに、ついに思死にしにぬ、父母かなしみて、かの骨お善光寺へ送らんとて、箱に入ておきてけり、其後この児又病付て、大事に成て、物狂なりければ、一間なる所におしこめておく、人と物かたる声しけるおあやしみて、父母物のひまより見るに、大なる蛇とむかひて、物おいひけるなるべし、さて終にうせにければ、入棺して若宮の西の山にて葬するに、棺の中に大なる蛇有て、児とまとはりたり、やがて蛇と共に葬してけり、かの父母、女が骨お善光寺へ送次に取分て、鎌倉の有寺へ送らんとして見けるに、骨さながら小蛇に成たるも有、なからばかり成力ヽりたるも有、此事は彼父母或僧に孝養してたべとて、ありのまヽに語りけるとて、たしかに聞て語り侍き、近き事也、名も承しかども、はヾかり有てしるさず、〈○下略〉