今昔物語

二十六

加賀国諍蛇蜈島行人助蛇住島語第九
今昔、加賀の国郡に住ける下衆七人、〈○中略〉釣しに出れども、皆弓箭兵仗おなむ具したりける、遥の沖に漕出で、此方の岸も不見程に、思も不懸に、俄に荒き風出来て、奥の方へ吹持行けば、〈○中略〉行方の奥に離れたる大きなる島お見付て、〈○中略〉島の体お見れば、水など流出で、生物の木なども、有気に見えければ、食べき物なんどもや有と見と為程に、年廿余は有んと見ゆる男の糸清気なる歩み出たり、〈○中略〉此男近く寄来て雲く、〈○中略〉其達お迎へつる故は、此よりも奥の方に亦島有、其の島の主の、我お殺て、此島お領せんとて、常に来て戦ふお、我相構て戦返して、此年来は過す程、明日来て、我毛人も死生お可決日なれば、我お助けよと思て、迎つる也と、釣人共の雲く、其来ん人は、何許の軍お具して、船何つ許に乗て来るぞ、身に不堪事に侍りとも、此く参ぬれば、命お棄てこそと、仰に随ひ侍らめと、男此お聞て、喜で雲く、来らんと為る敵も、人の体には非ず、儲けんずる我身も、亦人の体には非ず、今明日見てん、先彼来て島に、懸らん程に、我は此上より下来らんずるお、前前は敵お此滝の前に不令上して、此海際にして、戦ひ返すお、明日は其達お強く憑まんずれば、彼れお上に登せんずる也、彼は上に登て、力お得べければ、喜で登らんと為るお、暫は我に任せて見むに、我難堪成ば、其達に目お見合せんずるお、其時に箭の有ん限り可射也、努々愚に不可為、明日の巳時許より儀立て、午時許にぞ戦はんとする、吉く〳〵物など食て、此巌の上に立ん、此よりぞ上らん為ると、吉々教へ置て、奥様に入ぬ、〈○中略〉而、声間、来んと雲し方お見遣たれば、風打吹て、海の面奇異く怖し気也と見程に、海の面に成て、光る様に見ゆ、其中より大きなる火につ出来たり、何なる事にかと見程に、出来合んと雲し方お見上たれば、其も山の気色異く怖し気に成て、草靡き木葉も騒ぎ、音高く喤合たる中より、亦火二つ出来たり、奥の方より、近く寄来るお見れば、蜈の十丈許ある游来る、上はに光たり、左右のnanは赤く光たり、上より見れば同長さ許なる蛇の、臥長一抱許なる下向ふ、舌嘗づりおして、向ひ合たり、彼も此も怖し気なる事無限、実に雲しが如くに、蛇彼が可登程お置て頸お差上て立るお見て、蜈喜て走上ぬ、互に目お嗔らかして守て暫く有、七人の釣人は教しまヽに、巌の上に登て、箭お番つヽ、蛇に眼お懸て立る程に、蜈進て走寄て咋合ぬ、互にひし〳〵と咋ふ程に、共に血肉に成ぬ、蜈は手多かる者にて、打つヽ咋は、常に上手也、二時許咋ふ程、蛇少し脱たる気付て、釣人共の方に目お見遣せて、疾射よと思たる気色なれば、七人の者共寄て、蜈の頭より始て、尾に至まで、箭の有ける限皆射る、弭本まで不残射立つ、其後は太刀お以て、蜈の手お切ければ、倒れ臥にけり、而れば蛇引離して去ぬれば、弥よ蜈あ切殺てけり、其時に蛇て返入ぬ、其後良久う有て、有し男片蹇て極く心地惡気にて顔なども欠て、血打て出来たり、亦食物共持来て、食せなどして、喜ぶ事無限し、蜈おば切放ちつヽ、山の木共お伐懸て焼てけり、其灰骨などおば、遠く棄てけり、然て男釣人共に雲く、我其達の御徳に此島お平かに領せむ事、極て喜し、此島には田可作所多かり、畠無量、生物の木員不知、然れば事に触て便有島也、其達此島に来て住めと思ふお何にかと、〈○中略〉七人の者共、皆本の家に返、彼島に行んと、雲者お皆唱具して、〈○中略〉七艘作ら島に渡り著にけり、其後其七人の者共、其島に居て、田畠お作り居弘まりて、員不知人多く成て、今存也、〈○中略〉其島は能登国郡に大宮と雲所にてぞ吉く見なる、晴たる日見遣れば、離たる所にて、西南にて、青み渡てぞ見ゆなる、〈○下略〉