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三養雑記

守宮の弁
いもり、やもりは、二虫の名実お、ある人問けるにこたへて雲、昔より守宮おいもりに充れど的当ならず、漢書顔師古註に、守宮虫名也、術家雲、以器養之、食以丹砂、満七斤、搗治満杵、以点女人体、終身不滅、若有房中之事即滅矣、言可以防閑淫逸、故謂守宮也とあるによれば、今のやもりに充べし、その証は、守宮一名壁宮、また壁虎、蝎虎、蝘蜓ともいへり、陶弘景雲、蝘蜓喜縁籬壁間、以朱飼之、満三斤、殺乾末以塗女人身、有交接事便脱、不爾如赤誌、故名守宮とあり、この喜縁籬壁間といふにて、いもりにはあらで今いふやもりなること弁お待ずしてしらる、さてやもりといふ名は守宮の字によりて、みやもりの略語かともおもへど、さにはあらで、家おやといふこと常なれば、家に住よしにて家守の義あるべし、いもりは漢名ふるくは守宮にあつれど誤なり、近来物産家に、竜盤魚に充と、物理小識雲、竜盤山乳洞、有金沙竜盤魚、皆四足修尾丹腹、状如守宮といふによるに、その名と実とあたれりやいなやおしらず、いもりといふ訓は、井守の義なり、井に住の意なり、