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江戸塵拾

大蟇
松平美濃守下屋敷本所に有、方三町余の沼あり、此中に住む、一年故有て、此沼お埋べきよし被申付、近々弥埋べき沙汰有しに、或日上屋敷の玄関にけんぼう小紋の上下著たる老人一人来りて、取次の士にいふ様、私儀御下屋敷に住居仕る蟇にて御座候、此度私住居の沼お御埋被成候御沙汰有之段奉承知候付参上仕候、何卒此儀御止被下候様に奉願上候旨お申述候、其段可申聞とて取次の侍退座して、怪しき事に思ひ、襖の隙より覗きみるに、けんぼう小紋の上下と見へしは、蟇が背中のまだらふなり、大さは人の居りたるが如く、両眼かゞみの如し、即刻美濃守へ申達ける処、口上之おもむき聞届候よし挨拶あられ、沼お埋むる事お止られける、元文三年の事なり、