堤中納言物語

むしめづる姫君
てふめづるひめ君の住み給ふかたはらに、あせちの大納言の御むすめ、心にくゝなべてならぬさまに、おやたちかしづき給ふことかぎりなし、このひめぎみのの給ふ事、人々のはなやてふやとめづるこそ、はかなくあやしけれ、人はまことあり、ほんぢたづねたるこそ、心ばへおかしけれとて、よろづのむしのおそろしげなるお取りあつめて、これがならんさまおみんとて、さま〴〵なるこはこどもに人れさせ給ふ、中にもかはむし(○○○○)の、心ふかきさましたるこそ心にくけれとて、あけくれはみゝはさみおして、手のうらにそへふせてまほり給、若き人々はおぢまどひければ、おのわらはの物おぢせず、いふかひなきおめしよせて、箱の虫ども取らせ、名おとひきゝ、いまあたらしきにはなおつけてけうじ給へば、すべてつくろふ所あるはわうしとて、まゆさらにぬき給はず、はくろめさらにうるさしきたなしとてつけ給はず、いとしろらかにえみつゝ、このむしどもおあしたゆふべにあいし給、〈○中略〉さすがにおやたちにもさしむかひ給はず、おにと女とは、人に見えぬぞよきとあんじ給へり、もやのすだれおすこしまきあげて、きてうそへてたてゝ、かくさかしくいひいだし給ふなりけり、これおわかき人々きゝて、いみじくさかしうし給へど、心ちこそまどへ、この御あそびものよ、いかなる人、てふめづる姫君につかまつらんとて、兵衛佐といふ人、 いかで我とかむかたないてゝしかなるかは虫ながら見るわざはせし、といへば、小大輔といふ人笑ひて、
うら山しはなやてふやといふめれどかはむしくさき世おもみるかななどいひてわらへば、かちしやまゆはしも、かはむしだちたんめり、さてはくさきこそ、かはのむけたるにやあらんとて、左近といふ人、
冬くれば衣たのもしさむくともかはむしおほく見ゆるあたりは、きぬなどきずともあらんかし、などいひあへるお、おとな〳〵しき女聞きて、わかう たちはなにごといひおはさうずるぞ、てふめで給ふなる人、もはらめでたうもおぼへず、けしからずこそおぼゆれ、さて又かはむしならべ、てふといふ人ありなんやは、たゞそれがもぬくるぞかし、そのほどお尋ねてし給ふぞかし、それこそ心ふかけれ、てふはとらふれば、手にきらつきて、いとむづかしきものぞかし、又てふはとらふれば、わらはやみおせさすなり、あなゆゝしともゆゝしといふに、いとゞにくさまさりていひあへり、このむしどもとらふるわらべは、おしきもの、かれがほしがるものおたまへば、ざまざまにおそろしげなるむしどもおとりあつめて奉る、かはむしはけなどはおかしげなれど、おぼえねばさう〴〵しとて、いほむしかたつぶりなどおとり集めて、うだひのゝしらせてきかせ給ひて、われもこえおあげて、かたつぶりのつのゝあらそふやなぞといふことおうちずんじ給、〈○下略〉