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東雅
二十/虫豸
蜂はち 素戔烏神、大己貴神お蜂室に寝しめられしといふ事は、前に見えし如く、又饒速日尊お天降されし初に、高木神の授け給ひし神宝の中に、蜂比礼といふものあり、〈○中略〉並に義不詳、〈はちとは、羽虫の螫す者お雲ひしと見えたり、ちといふ義は、前の註にも見えし如く、つつといふ語急にして転ぜしなり、饒速日尊の神宝の外にも、須世理媛命、蛇蜈蚣蜂の比礼おもて、大己貴神に与へられしといふ事も見えたるなり、其比礼といふ者は、是等の虫お除ふものと見えけり、神宝といふ者の中に、此者あるお以つても、上古の俗、その毒お畏れし事、つヽといひ、ちといふが如きこれお畏れて神とするの謂なる事おも思ひはかるべきなり、戒慎おいひて、つヽしむといふもつヽすむの義也などいふなり、ゆするの義不詳、みかとは、其房の大きなること、甕の如くなるおやいひぬらん、さらばゆするといふも、其房の泔器(ゆするつき)の如くなりと雲ひしも知るべからず、みちとは、蜜の字の音おもて呼びしなり、さそりとは細腰の義と見えたり、さそといひ、さヽといふは、転語なる也、りといひしは詞助なるべし、蝶蠃は日本紀にすがると読みたり、其義同じかるべし、古語に細き事おいひて、さとも、さヽとも、すがるとも雲ひけり、本朝式に須賀流横刀(すがるたち)といふも、則今の細太刀といふものなり、壒囊抄に、さそりとは、さヽり蜂なり、常陸国には、かそりといふなり、彼国に賀蘇理岡といふ岡あり、むかし此国にさヽり蜂多きによりて、此名ありといふと見えたり、其さヽりといふも、さそりといふ語の轗也、その語竟に転じて、かそりともいひしなるべし、