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日本山海名産図会

蜂蜜(○○)〈一名、百花精、百花蕊、〉 凡蜜お醸する所、諸国皆有、中にも紀州熊野お第一とす、芸州是に亜ぐ、其外勢州、尾州、土州、石州、筑前、伊予、丹波、丹後、出雲などに、昔より出せり、又舶来の蜜あり、下品なり、是は砂糖又白砂糖にて製す、是お試るに、和産の物は煎ずれば、蜂おのづから聚り、舶来の物は聚ることなく、此おもつて知る、 蜜は夏月蜂䏷(はちのす)の中に貯へて、己が冬籠りの食物とせんがためなり、一種人家に自然に䏷お結び、其中に貯はふ物お山蜜といふ、又大樹の洞中に、䏷お結び貯はふお、木蜜といふ、以上熊野にては、山蜜といひて上品とす、又巌石間中に貯はふ物お、石蜜と雲、又家に養て採る蜜は、毎年䏷お採り去る故に、気味薄く、是お家蜜といふ、䏷お炎天に乾かし、下に器お承けて解け流るゝ物お、たれ蜜といひて、上品なり、漢名生蜜、〈一法、槽に入れて火お以て焚きて取なり、但し火気の文武毫厘の間お候こと大事あり、〉又䏷お取り潰し、蜂の子ともに研(もり)、水お入れ煎じて絞り採お、絞りといふ、〈漢名熟蜜〉凡蜜に定る色なし、皆方角の花の性によりて、数色に変ず、
畜家蜂(○○○) 家に畜はんと欲すれば、先桶にても箱にても作り、其中に酒砂糖水などお沃ぎ、蓋に孔お多くあけて、大樹の洞中に結びし窠の傍に置ば、蜂おのづから、其中へ移るお持帰りて、蓋お更ためて、檐端或は牖下に懸置なり、此箱桶の大きさに規矩あり、されども諸州等しからず、先九州辺一家の法お聞くに、箱なれば九寸四方、竪二尺九寸にして、是お竪に掛るなり、〈○中略〉戸は上下二枚にして、下の戸の上に一歩八厘、横四寸計の〓穴お開きて、蜂の出入の口とす、若一二厘も広く開れば、山蜂抔〓より窺て、大きに蜜蜂お擾乱す、又大王の出にも此穴よりして、凡小き物也、〈○中略〉造䏷(すおづくる/○○) 先箱の内の上より、半月のごとき物お造りはじめ、継で下一はひ両脇共に盈しむ、其厚さ凡壱寸八歩、或二寸許、両面より六角の孔数多お開き、拓榴の膜に似て、孔深八九歩、是のごとき物お、幾重も製りて、其䏷と䏷との間、才人の指の通る程宛の〓あり、蜂其〓に入には下より潜(くヾる)なり、〈○中略〉其孔には子お生み、又蜜お貯へ、又子の食物の花お貯ふ、又子成育して飛で出入するに及べば、其跡の孔へも亦蜜お貯はふ、凡蜜はじめは甚淡しき露なり、吐積んで日お経れば、甘芳日毎に進こと、実に人の酒お醸するに等し、既に露孔に盈る時は、其表お閉て、一滴一気お洩すことなし、蜂の数多ければ、気味も厚し、蜂は小なり、大きさ五歩許、まるはちに似て、黄に黒色お帯、多群て、花お採る物は、巣お造ず、巣お造ものは、花お採らず、時々入替りて、其役おあらたむ、夫が中に蜂王(だいわう)といひて大きなる蜂一つあり、其王の居所は黒蜂の巣の下に一台おかまふ、是お台(うてな)といふ、その王の子は、世々継で王となりて、元より花お採ることなく、毎日群蜂輪値に、花お採りて王に供す、是一桶に一個(ひとつ)のみなるに、子お産むこと、雌雄ある物に同じ、道理においては希異なり、群蜂是に従侍すること、実に玉体に向がごとし、又黒蜂十許ありて、是お細工人と呼ぶ、孔口お守りて、衆蜂の出入お撿め、若花お持たずして、孔に入らんとするものあれば、其解怠お責て、敢て入ることお許さず、若再三に怠る者は、遂に螫殺して、軍令お行なふに異ならず、凡家にあるも野にあるも、儀においては同じ、 頒脾(すわかれ/○○) 大王の子成育に至れば、飛で孔お出るに、群蜂半従がふて、恰も天子の行幸のごとく、擁衛甚厳重なり、其飛行こと、大抵五間より十間の程にして、木の枝に取附ば、其脊其腹に重り留りて、枝より垂たるごとく、一団に凝集り、大王其中に核のごとく裹まる、畜人是お逐て、袋お群蜂の下に承けて、羽箒お以て、枝の下お掃がごとくに切落せば、一団のまゝにて、其袋中へおつる、其音至て重きがごとし、○註略是お用意の箱に移し畜なふお、䏷(す)わかれといふて、人の分家するに等し、若其一団の袋へ落るに、早く飛放る者ありて、大王の従行に洩れて、其至る所お知らず、又原の巣へ飛帰る時は、衆蜂敢て孔に入ることお不許、争ひ起て、是お螫殺し、其不忠お正すに似たり、〈○中略〉彼王一群ごとの中に、必一つあり、巣中に王三つある時は、群飛も三にわかる、〈○下略〉