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陰徳太平記
三十二
播磨守盛重継杉原家事
丸山三九郎と雲者、佐田〈○彦四郎〉が宿所に忍入、犬の後足にて、頸お掻、身振する真似おしけり、佐田、犬には非じと思ひ、蚊帳の中よりやおら起出たるお、九山早く心得て、立帰りぬ、翌朝佐佃、丸山に向て、昨夜犬の身振しつるは、女也やととへば、左候と、答ふ、何と、して吾出たるお知れぞや、されば宵の程は滋かりし、蚊の声も、漸く夜半になれば、声の静まるなるに、蚊の声一と頻り雷鳴しつる故、扠は蚊帳より人の出たるなりと思、帰て候と答ければ、佐田、吾も庭前の虫の、更る夜に、己が自資打添て滋かりし、声のしづまりしゆへ、人来れりと知しなり、