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東雅
二十/虫豸
蜻蛉かげろう〈○中略〉 古にはあきつ(○○○)といひ、後にはかげろう(○○○○)といふ、即今俗にとんぼう(○○○○)といひて、東国の方言には、今もえんば(○○○)といひ、また赤卒おばいなげんざ(○○○○○)ともいふ也、並義不詳、〈万葉集抄に、秋津とは蜻蛉なり、あきつといふは、東詞にはえばといふ也、和語の心によらば、あきは黄なり、つは赤なり、黄赤の色なる虫と聞えたり、えとは赤なり、赤羽といへる也、(中略)東方の俗に、いなげんざと雲ふも、稲熟する時にあるおいふ也、げんざといふは、えんばの転語也、童部のやんまなどいふも、えんばの転ぜし也、工んばとは、即えば也、えばとは、猶やへはといふが如し、万葉集の歌に、やとえと相通していふ事見えたり、よのつねの虫の羽は、多くは二つあるお、此虫の羽四つあれば、かさなれる羽といふ也、総ては是おあきつといへど、分言ふ時は古今の方言により、呼ぶ所も分れたる也、青而大者は蜻蛉、則あきつといふ、即今とんぼうといふ者なり、其最大者は馬大頭、、即今俗にやまとんぼうといふ者也、黄而小者は胡黎、古にきえむばと雲ひしもの也、赤而小者は赤卒、古にあかえむばといひ、即今俗にあかとんぼうといひ、又いなけんざともいふものなり、大而玄紺者は紺礬、即今俗にかねつけとんぼうといふもの也、一種蜻蛉の如くにして、極めて細く小しきなるが、草叢の間に其羽お重れ植て止るものお、即今俗にかげろうといふなり、此物誠にありともなしともさだかに見えぬ者なり、古の時にかげろうといひしは是也、〉