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天野政徳類語

政徳按、〈○中略〉蟋蟀、蜻蛚、共に同類ながら二種也、初秋よりころ〳〵と、鈴のねの如くなくはこほろぎにて、形状真黒色にて光沢有、羽にちゞみたる文多くて、羽の下と尾のとまりに、剣の如き物二本づヽ四本有て、形大にして、頭より尾迄曲尺八分に強し、なく声もころころと聞えて名義とあへり、是お今俗えんまこほろぎ、また鈴なきこほろぎとも呼、今一種の方は、形状同じやうなれど、形小にして頭より尾迄曲尺五分にすぎず、色黒に少し赤お帯、羽にちぢみたる文少なく、羽の下に劔なく、尾のとまりに剣二本有て、なく声きい〈引〉きい〈引〉きい〈引〉と聞ゆ、是お今俗きい〳〵こほろぎと呼、是則古今以下きり〴〵すと詠る物也、同類二種也、鳥むしなどのなく声は、此方の心もちにて何ともきゝなさるゝもの也、此きい〳〵こほろぎのなく声お、おのれ心おとめて聞けば、つうづれさせ〳〵と聞えて、きいきいとは不聞、それは此方聞人の心によれり、こほろぎ、きり〴〵す共に、古き名なる事は、和名抄にてしらる、おのれは形大なるお、蟋蟀(こほろぎ)、形小なるお蜻蛚(きり〳〵す)と定む、されど是は親しくかひ置、形状鳴音共に、ためし見ていふ也、書によりたる空論にはあらず、又今俗にいふ青き蝗丸に似たる虫お、きり〴〵すと呼、是はいにしへの機織女也、其鳴声きい〈引〉そと聞えて、機お織音の如し、名義声とよくあへり、豊香〈○森田〉が説にずいちよんお機おり虫といへるはうけがたし、又野洲良が説に、つゞりさせよとなく声きり〴〵すとは不聞、今いふ青き虫の方はきりきりんと聞ゆれば、是古代のきり〴〵すなるべしといへど此説もうけがたし、そは今俗にいふきり〴〵す、古代のきり〴〵ならんには、霜夜又壁などよむべからず、殊に枕の草子の九月晦日、十月朔日のほどに、隻あるかなきかに、聞付たるきり〴〵すといふ文にも不合也、今俗のいふきり〴〵すにはあらざる事無論、又資重〈○篠原〉が説に、今の方正しといふもうけがたし、そは神楽歌にきり〴〵すのねたさうれたさ、御園に参りきて、木の根ほりはむ角おれぬといふお、証に引だれど、今俗にいふきり〴〵すは、草の葉かげなどに住て、木の根などほりはむ物にあらず、こほろぎの方は、土に穴して住ぬれば、木の根など、いとよくほる物也、是おもても、其物お弁別すべし、今俗にいふきり〴〵すは、八月すえには、多く死す物にて、九月晦日、十月朔日までは、いきん事おぼつかなし、きい引きい引となく方は、事によりては十月中迄もいとかすかになくお聞し事有、是ぞいにしへのきりぎりすなる、