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今昔物語
二十九
蜂擬報蜘蛛怨語第卅七
今昔、法成寺の阿弥陀堂の檐に、蜘蛛の網お造たりけふ、其の長く引て、東の池に有る蓮の葉に通じたりけり、〈○中略〉大きなる蜂一つ飛来て、其の網の辺りお渡りけるに、其網に懸りにけり、其の時に何こよりか出奈けむ、蜘蛛○恐檐字歟に伝ひて、急ぎ出来て、此蜂お隻巻に巻ければ蜂被巻て、可逃き様も無くて有ける、其御堂の預也ける法師、〈○中略〉木お以て蜂お抑へて、お掻去たりける時に、蜂飛て去にけり、其後一両日お経て大きなる蜂一つ飛来て、御堂の檐にふめき行く、其れに次ぎて、何こより来るとも不見えで、同程なる蜂二三百計飛摩ぬ、其蜘蛛の網造たる辺に皆飛付て、檐垂木の迫などお求けるに、其の時に蜘蛛不見ざりけり、蜂暫く有て、其の引たる糸お尋て、東の池二行て、其のお引たる蓮の葉の上に付て、ふめき喤けるに、蜘蛛其れにも不見えざりければ、半時計有て、蜂皆飛去て失にけり、〈○中略〉蜂共飛去て後に、法師其の網の辺に行て檐お見るに、蜘蛛更に不見えざりければ、池に行て、其の引たる蓮の葉お見ければ、其蓮の葉おこそ、針お以て差たる様に、隙も無く差たりければ、然て蜘蛛は其の蓮の葉の下に、蓮の葉の裏にも不付て、に付て不被螫まじき程に、水際に下てこそ有けれ、蓮の葉裏返て垂数き、異草共など池に滋たれば、蜘蛛其の中に隠れて蜂は否不見付ざりけるにこそ、〈○中略〉蜘蛛の、蜂我れお罰に来らむずら肱と心得て、然て許こそ命は助らめと思得て、破無くして、此お隠れて命お存する事は難有し、然れば蜂には蜘蛛、遥に増たり、預の法師の正しく語り伝へたるとや、