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太平記
剣巻
夏のころ、頼光〈○源〉瘧病お仕出し、如何に落せども不落、後には毎日に発(おこり)けり、発りぬれば頭べ痛く、身ほとおり、天にも著ず、地にもつかず、中にうかれて被悩けり、加様に逼迫する事、三十余日にぞ及ける、或時又大事に発りて、少し減に付て、醒方に成ければ、四天王の者共看病しけるも、皆閑所に入て休けり、頼光少し夜深方の事なれば、幽なる燭の影より、長七尺計なる法師するすると歩依て、縄おさばきて、頼光に付んとす、頼光是に驚て、かばと起き、何者なれば、頼光に縄おば付んとするぞ、惡き奴哉とて、枕に立て置れたる膝丸おつ取て、はたと切、四天王共聞付て、我も我毛と走り依り、何事にて候と申ければ、しか〴〵とぞ宣ひける、灯台の下お見ければ、血こぼれたり、手に火お炬(とぼい)て見れば、妻戸より簀子へ血こぼれけり、此お追行く程に、北野の後ろに大なる塚あり、彼塚へ入たりければ、即塚お堀崩して見る程に、四尺計なる山蜘蛛(○○○○○○○○)にてぞ有ける、搦て参りたりければ、頼光安からざる事かな、是ほどの奴に誑かされ、三十余日悩まさるヽこそ不思議なれ、大路に〓すべしとて、鉄の串に指し、河原に立てぞ置ける、是より膝丸おば、蜘蛛切(くもきり)とぞ号しける、