[p.1216]
太平記
二十三
大森彦七事
上下百余人有ける警固の者ども、同時にあつと雲けるが、皆酒に酔る者の如く成て、頭お低て睡り居たり、其座中二禅僧一人眠らで有けるが、灯の影より見れば、大なる(/○○○)寺(やま/○)蜘蛛(/○○)一つ天上より下りて寝入たる人の上お匍(はひ)廻て、又天井へぞ騰りける、其後盛長○大森彦七俄に驚て、心得たりと雲儘に、人と引組たる体に見へて、上が下にぞ返しける、協はぬ詮にや成けん、よれや者冪どもと呼りければ、傍冪に臥たる者ども、起挙らんとするに、或は柱に髻お結著られ、或は人の手お我足に結合せられて、隻網に懸れる魚の如く也、此禅僧余りの不思議さに、走立て見れば、さしも強力の者ども、僅なる蜘の井(○○○)に、手足お繫られて、更にはたらき得ざりけり、〈○下略〉