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沙石集
五上
学生之蟻蜹問答事
南都の春日野の辺に、学生の房近き所に、蟻と蟒と有けり、自然にがくもんするほとりに住て、共にがくせうなりけるが、たがひに聞及てよりあひて、論議せんと思ひけるほどに、ある時みちに行あひて、たがひによろこびて、やがて蟻蜹に問ていはく、何故ぞ、蟻お蟻と名づくるや、なにゆへにありお、ありとなづくる、そのこヽろいかんと問なり、答前後有故、名蟻、中ばくびれて前後のかたちあるゆへに、ありといふとこたふ、難じていはく、前後有お〈○お恐衍〉名蟻者、於輪子等不名蟻、ぜんごあるものお、ありといふべくは、りうご等おもありといふべしと也、答不爾前得輪子名、故執転提等准例亦爾、さきにすでに、りうごの名おえたるゆへに、ありといはずして、ていも例せば、亦しかなりとこたふ、蟻蜹に問ていはく、何ゆへ蟒名蜹耶、答曰、背の〈○の恐衍〉上谷故名蜹、せなかの上にくぼみて、谷ににたるゆへにとこたふ、難雲、背上谷名蜹者於団子等不名蜹、背くぼきゆへに、たにといはヾ、だんごおも、たにといふべしと問なり、前得団子名、故突柏子等准例亦爾、しからずさきにだんごの名おうるゆへに、ひやうしとくもこれになずらふべしとこたふる也、南都にて、ある人かたりしかば、才学のために書侍るなり、前生のがくせうにて有けるにや、