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古事記伝
十四
真魚咋は、麻那具比(まなぐひ)と訓べし、魚お那(な)と雲は饌に用る時の名なり、〈隻何となく海川にあるなどおば、宇乎(うお)と雲て、那とは雲ず、此けぢめお心得おくべし、〉書紀持統巻(の)に、八釣魚(やつりな)てふ蝦夷の名の訓注に、魚此雲儺(な)、万葉五〈二十三丁〉に、奈都良須(なつらす)〈魚釣(なつらす)なり〉これら釣魚(つるうお)は饌の料なる故に、那と雲り、〈今世にも、鮓にする魚お須志那(すしな)と雲ひ、魚おひさぐ屋お那夜(なや)と雲、〉さて菜(な)も本は同言にて、魚にまれ菜にまれ、飯に副て食物お凡て那と雲なり〈菜(な)と魚(な)とお別の言の如く思ふは〉〈文字になづめる後のくせなり、今世にも、菜お字音にて佐伊(さい)と雲ときは、魚にもわたる如く、古那(な)と雲名は、魚にも菜にもわたれり、又肴(さかな)の那(な)も、魚菜にわたれり、〉万葉十一〈四十二丁〉に、朝魚夕菜(あさなゆふな)、これ朝も夕も那(な)は一なるに、魚と菜と字お替て書るは、魚菜に渉(わた)る名なるが故なり、さて其那(な)の中に、菜よりも魚おば殊に賞(めで)て、美(うま)き物とする故に、ほめて真那(まな)とは雲り、〈故麻那(まな)は魚に限りて、菜にはわたらぬ名なり、今世に麻那箸(まなばし)、麻(ま)那板(ないた)など雲も、魚お料理(とヽのほ)る具に限れる名なり、〉