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農業全書
十/生類養法
水畜
水畜とて魚おかひ生立る手立あり、是又史記陶朱が伝に見えたり、先鯉鮒お池にて生立る事は、池の広さ水の面二三段もあらば、其中に島お六つも七つも作り、〈ふがき池塘には島つく事ならす、浅きとても人力おほく費ゆる物なり、池の浅りに力次第島おつきたるはよし、〉又用水の塘ならば、土石お以て築事さはりなるゆへ、柴篠いばらなどにて、高く稲積のごとく、魚の遊ぶべき日向の所ごとに、いくつもこしらへおき、又其上には、大き木お枝ながら伐、おもしにおくべし、小池の中にてもあまた所に、作り置ば、是お日夜廻り遊びて、千里の遠く広き湖水とひとしく覚るなり、子持鯉の二尺余りもあるお廿、牡鯉の同じほどなるお四つ、二月の上の庚の日池に放つべし、入る時水の音なき様に、しづかに入べし、さて四月に亀お一つ入れ、又六月に二つ、八月に三つ入おくべし、池にかめお入るれば、其池の主となりて、大雨洪水の時、其池の魚躍出落る事なし、又池水の落る水口には、わか竹にて箔お作りて、きびしくつよく結立おくべし、来年にいたり、鯉壱万余ともなり、三年めには池中悉鯉となる、されども池により魚の食物乏しければ多く生立ぬ物なり、其養ひ専一なり、穀物のぬかはしか粃、又野菜の下葉、切ぐづは雲に及ばず、青き和らかなる草、瓜茄子がら、粟きびがら、大唐稲のわらは取分よし、此等の物おいか程も多く求て、朝晩入るに随ひて魚肥ふとり、年月おへずして、わき出る物なり、鮒は入ずしても、おのづから生ずる物なり、されども、小鮒おわきより取て入れ、食物お飽ほど入置ば、ふとり繫昌して、常の池の魚よりは、各別勝れる物なり、〈○中略〉又うおお生立おく事は、是のみにかぎらず、さま〴〵手立ありといへども、取あげて多くいけ置才覚なくては詮なし、泉ある所は雲に及ばず、生水なき所にても、籞に清き水お引、便りある所おみたて小池おほり、さのみふかからずとも、是も中に島お築廻り浅みには水草稗おもうへ、枝柴おも入れ、魚の食物の絶ざる様に日々入べし、九月水冷やかになりて、大池の魚お取あげ、其中にてふとく料理になるべき分おえらびて入おくべし、又池に三四五月魚子生む時分は、取分餌お多く入るべし、此時餌乏しければうみ付たる子お食物なり、又池水の甚深きお好まず、三四五尺ほどよし、但北の方一方は深くすべし、浅きお好む事は、冬春日の暖り底にとおらざれば、肥ふとらぬ物なり、物ごと陰気がちにては、盛長せぬ道理と見えたり、浅みにうへおく草は、菅まこも取分よし、春の終り、夏の初め、魚此所に集り、身おすり廻り遊ぶ物なり、獺は蓮お畏れ、鼬は瓢おつりおくおおそるゝ物なり、されども籞には獺遠方よりも来り、魚お損ずる物なれば、性よき竹にて一間も高くすおあみ、廻りお堅固にかこひ置べし、竹ずお立る事、内の方によき程なびかせ、獺外より飛入ても、飛上り出る事ならざる程おはかるべし、凡獺の水中にて魚お食ふはたらき、中々丁簡より強き物なれば、大かたの防ぎにては、一夜にも過分に魚お損ふべし、鯉お入おく池の辺りに楊梅おばうゆべからず、此花池中に入て、鯉是お食ば死ぬる物也、其外毒に中りて、腹お上になす事ある時は、水上より溺お流し、又芭蕉の根おたゝき、水上よりそゝぎ下すべし、活るものなり、又池に魚お生立る事、鯉鮒多き池川の、常に魚の多く集る所の、水底の泥お舟にて多くあげ、又は其近方の沼沢などの水草お、子おうみ付たる時分取て、此方の池川に入れば、二年の後魚多く出来る物なり、又魚の苗お飼立る事は、池河にて小き魚お、網にて多く取、小池に入おき、鶏鴨の卵の黄なる所お以飼ひ、又大麦の粉、炒豆の粉お入れて飼立れば、ほどなくふとる物なり、されども鶏子は費多し、麦豆稗の類お用ゆべし、さて一尺許にふとりたる時、大池に移すべし、野菜又は草おきざみて多く入べし、冬秋など死たる牛馬の肉おとり、細かに切、いりたる米のぬかとにぎりまぜ、是お鯉鮒に飼へば、俄にふとる物なり、田舎にては此才覚なりやすし、又湖のさし入所おすおきびしく立魚のもれざるやうに、いかにも堅固にしおき、鱸鯔膾残魚、此外も夕の入る池の中に飼立て、ふとりさかゆる物多し、是又餌お考へて養べし、又水畜の池に同類お食し、害おなす魚あり、えらびて同じ池に入るべからず、鱸鯰取分他の小魚お食ものなり、必これお入べからず、〈○中略〉又小池の魚に虱の付事あり、松葉お多く池の中に入るべし、たちまち虫除物なりとしるし置り、