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近江国輿地志略
九十七/志賀郡
鮒 琵琶湖の産する所なり、湖中処々これお捕ともに〈○に恐衍〉大津松本浦より膳所が崎の辺にて捕所お上品とす、其形状風味他の産とは甚まされり、其中大にして形常の鮒とかはれる者あり、是お鱠鮒と称し、源五郎鮒と雲、其次にして常の鮒お煮ごろと雲、鮓鮒と雲、蓋源五郎の名其本拠詳ならず、江源武鑑、毛吹草、及淡海錄に錦織(にしごり)源五郎と雲者は、佐々木の家臣なり、毎年大なる鮒お捕て、佐々木家に奉る、亦友人にも贈れり、其形状他の鮒とかはり、大にして味美なるが故に、人々専此鮒お呼て源五郎と雲といへり、然れども江源武鑑、淡海錄皆偽書なれば採用するにたらす、土俗の説には、大津に源五郎といへる魚商人あり、たゞ此鮒のみお売て他の鮒おうらず、故に人皆是は源五郎が鮒かといひしより、源五郎鮒の名は出来れりと雲、此説よし、亦にごろと雲は、土俗の説に、仁五郎と雲魚商人、此魚のみお売しゆへにといへども、源五郎鮒とおなじことはりにて、附会したると見へたり、採用すべからず、或ははてりと雲、亦うき物とも雲、外の鮒は水底にあつて浮こと少し、此源五郎鮒は水上に浮ゆへに名あり、其形首少く、略まなかつおなどのごとく、常の鮒の形とはかはれり、土俗恰好おころと雲、煮漬にするころあひなると雲意にて、煮ごろと雲と、此説是ならんか、然れども源五郎鮒にも大小あり、煮ごろにも大小あり、然れば其義もとり難し、たゞかりそめにふといひ出せし名なるべし、毎年二月より六月に至り、湖中処々魚尾(えり)お構、魚籠は竹お連、葭お編、縦横に屈曲し、魚の入て出ることおしらざるやうに、こしらへたるものなり、亦一種北鮒と雲ものあり、志賀浦辺にてとらず、北の浦にてとる魚なり、味劣れり、亦小景鮒と号するものは、堅田の漁人に糸網お湖底にかけてとるものなり、亦一説、紅葉鮒と号し、秋に至て捕ものあり、此紅葉鮒は高島郡紅葉が浦にて捕所本なり、この紅葉が浦に古昔大楓樹あつて、紅葉湖水に俘べるお食せる鮒ゆへに、この名ありといへり、然れども何の処にても、秋日捕ところの鮒お紅葉鮒と雲、蓋秋日其肉色赤し、故に称するともいへり、近江鮒は例貢の其一にして、延喜式に載れり、いつのころよりか例貢絶たり、彦根及膳所より江戸へ献る、