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西鶴置土産

人には棒振虫同前に思はれ
黒門よか池の端お歩むに、しんちう屋の市右衛門とて、隠れもなき金魚銀魚お売いものあり、庭には生舟七八十も排べて、溜水清く、浮藻お紅潜ゆて、三つ尾働き詠なり、中にも尺に余りて鱗の照りたるお、金子五両七両に買求めて行くお見て、又遠国に無い事なり、是なん大名の若子様、御慰になるぞかし、何事も朝た事なくては、噺にもなり難し、兎角人の心も武蔵野なれば、広しと沙汰する所へ、田夫なる男の、小さき手玉の掬網に小桶お持添へ、此宿に来りぬ、何ぞと見れば棒振虫、是金魚のえばみなるが、一日仕事に取集めて、やう〳〵銭二十五文に売うて、又明日持つて参るべしと、下男どもに軽薄言ひて帰る、