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雲萍雑志

世にありし人、零落したる人のもとに行きて、ともにつれ立ちて市にゆきて、塩魚お買ふ時、世にある人は塩鰹お買はんといふ、零落の人は塩鱒お買はんと、たがひにいひ争ひしが、終に零落の人に雲ひ勝れて、塩鱒お買ひて帰りぬ、さて道すがらのほど、はなしに世にある人の雲ひけるは、そのもと何とて鰹のうまきおすてゝ、鱒のうまからぬお買へるかといへば、零落の人わらひて、今日はそのもとより我等への饗応にせらるゝなれば鱒にしかず、鰹は御もとのごとく、常に美味お食し給へる人の、たま〳〵食ひたまふものなり、我は常にうまきお食はざれば、鱒の味にしかずといへり、