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近世奇人伝

大和伊麻子
大和の国葛下郡竹内村に寡婦あり、伊麻といふ、年六十にあまりて、なほ老たる父に仕へて孝篤し、完文十一年辛亥六月、老父病甚して、日おへて飲食おおもはざれば、伊麻歎くこと頻なるに、十二日すこし病のひまある時にいふ、もし鱓魚あらば是お喰んと、されども此里山中にして覓によしなければ、いかゞすべきとまどへるに、夜いたう更過て、瓶の水に音あり、伊麻驚あやしみ起て見るに、好める所の鱓魚瓶中におどりければ、喜びとりて膳にとゝのへ進しに、是より父の病日々に快常に復りし旨、芭蕉庵桃青貞享五年四月に、大和路お行脚のついでに聞て、涙とゞめがたかりしと、