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北条五代記

東海にて魚貝取尽す事附人魚の事
鰹鮪は毎年夏に至て、西海より東海へ来る、伊豆相摸安房の浦につり上る初鰹、しやうぐはんなり、天文六年の夏、小田原浦近く釣舟おほくうかび鰹おつる、此よし北条氏綱聞召、小舟にめされ、海士のしはざお御見物、珍事の御遊、盃酒に興じ給ふ所に、鰹一つ御舟へとび入たり、氏綱喜悦におぼしめし、勝負にかつうおと、御祝詞なゝめならず、即時酒肴に用ひらる、然におなじき七月上旬、上杉五郎朝定武州へ発向のよし告来る、氏綱出陣、同十五日の夜いくさに、氏綱討勝て武州お治め給ひぬ、其比は四芳に敵有て、毎日戦ひやん事なし、氏綱賞玩し給ふ件の鰹は、勝負にかつうおともてはやし、常に支度し、諸侍戦場門出の酒肴には、鰹おもつばら用ひ給ひぬ、