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牛馬問

河豚(ふぐ)魚、本草綱目無毒と有、時珍の食物本草には、大毒有と見へたり、此魚きはめて気有ものあり、又毒のなきもの有、故に世上其説まち〳〵也、若此毒にあたる時は、薬物の解しがたきなり、近代薩州太守入国の時、西海にて小舟一艘、御座船お呼はり〳〵漕よする、何事やらんと猶予の間、ほどなく御座船に近付、御船お見かけて願ひ奉る也、砂糖お下し賜はりなば、衆人の命たすかり候、御慈悲お以て頂戴仕度旨ねがひける、其子細お尋させ賜へば、河豚魚の毒にあたり、九死一生に候、今少し時さりなば、一人も活する事お不得、砂糖だに候へば、みな〳〵命たすかり申由願ふ、此、事太守にも聞しめされ、人の命お救ふに於ては、砂糖お賜はりなん、猶其実否お見届参るべき由被仰付、彼小舟に御近臣お添らる、急漕出し、彼が所に至り見れば、衆人悩乱して其言の如し、扠右の砂糖お白湯に探(かきさが)し用るに、暫くの間に、こと〴〵く快然お覚て御高恩お謝しける、其妙なる事太守へ申上けると也、此事お尾州にても試たる人有しが、猶妙に彼毒お解したりと也、しばらく援にしるして後人に備ふ、
河豚は喰合の毒甚だ多し、又薬物と敵す、此魚お食ふ人は、一日の中薬お服す可らず、猥に他物お食べからず、腹中の砕お西施乳といふ、是は西施が美にして国お乱お、此魚の昧美にして毒あるに比するなるべし、魨の字お正とす、