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甲子夜話
二十
人魚のこと、大槻玄沢が六物新志に詳なり、且附考の中、吾国所見お載す、予〈○松浦清〉が所聞は延享の始め、伯父伯母君〈本覚君、光照夫人、〉平戸より江都に赴給ひ、船玄海お渡るとき、天気睛朗なりければ、従行の者ども船櫓に上りて眺臨せしに、舳の方十余間の海中に物出たり、全く人体にて腹下は見ざれども、女容にして色青白く、髪薄赤色にて長かりしとぞ、人々怪みて、かヽる洋中に蛋の出没すること有べからず抔雲ふ中に、船お望み微笑して海に没す、尋で魚身現れぬ、没して魚尾出たり、此時人始て人魚ならんと雲へり、今新志に載る形状お照すに能合ふ、漢蛮共に東海に有と雲へば、吾国内にては東西二方も見ること有る歟、