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貝尽浦之錦

前歌仙三十六首和歌
簾介(すだれかい)〈左一〉
山家集
波かくる吹上の浜のすだれ貝風もぞおろすいそぎ拾はむ
忘介(わすれかい)〈右一〉
後拾遺
松山のまつが浦かぜふきよせばひろひて忍べ恋わすれ貝
梅花介(むめのはなかい)〈左二〉
春風に波やおりけんみちのくの籬が島のむめのはながひ
桜貝(さくらかい)右二〉
夫木西行
春たてばかすみのうらのあま人はまづひろふらんさくら貝おや
片貝左三〉いせ島や二見のうらのかたし貝あはで月日お待ぞつれなき
石決明貝(あはびかい)〈右三〉
古今
伊勢のあまの朝な夕なにかづくてふあはびの貝のかたおもひして
紫貝(むらさきかい)〈左四〉
夫木
むらさきの貝よる浦の藤潟は波のかへるぞ花と見えける
白介(しらかい)〈右四〉
はる〴〵としらゝの浜の白貝は夏さへふれる雪かとぞ見る
蛤介(はまくりかい)〈左五〉
今ぞしる二見の浦のはまぐりお貝あはせとぞおもふなりけり
蜆介(しゞみかい)〈右五〉
しゞみとる堅田の浦のあま人よこまかにいはゞかひぞあるべき
溝貝(みぞかい)〈左六〉
江の淀にみぞ貝ひろふうなひこがたはぶれにだに問人もなし
馬刀貝(まてかい)〈右六〉
後撰源英明
伊勢の海のあまのまてがたまてしばしうらみて波のひまはなくとも
花貝(はなかい)〈左七〉
夫木
枝ながらうつまて波のおらねばやちり〴〵よする千代の花貝
瞿麦介(なでしこかい)〈右七〉
夫木西行
千しほしむなでしこ貝にしく色はやまとからにもあらじとぞ思ふ
空背介(うつせかい)〈左八〉
堀川百首師頼
思ふ事ありその海のうつせ貝あはでやみぬる名おや残さん
袖介(そでかい)〈右八〉
夫木西行
波あらふ衣のうらの袖貝おしほひに風のたゝみおくかな
船介(ふねかい)〈左九〉
夫木
こぐ人も渚によする舟貝はふきくる風やつなぐなるらん
蛋介(あまかい)〈右九〉
浪まくら一夜もうきお住吉とあやしいかなるあまがいふらむ
浦打介(うらうつかい)〈左十〉
夫木
田鶴さはぐあしのもと葉おかきわけて浦打貝お拾ひつるかな
礒介(いそかい)〈右十〉
夫木人丸
水底の玉にまじれる礒貝のかた恋のみぞ年はへにつゝ
佐多部(さたべ)〈左十一〉
さたべすむ瀬戸の岩つぼもとめ出ていそしき海士のけしきなる哉
千種介(ちくさかい)〈右十一〉
夫木
君が代のためしと見ゆる長浜に千くさの貝の数もつきせじ
物(もの)あら介(かい)〈左十二〉
はちす葉のうへはつれなき浦にさへ物あら貝はつくといふなり
津貝(つかい)〈右十二〉
鴨長明
たのみつる人はなぎさのかたつ貝あはぬにつけて身おうらみつゝ
烏介(からすかい)〈右十三〉山家集西行
浪よするしらゝの浜のからす貝拾ひやすくもおもほゆるかな
雀貝(すゞめい)〈右十三〉
波よする竹のとまりの雀貝うれしき世にもあひにけるかな
都介(みやこかい)〈左十四〉
夫木
ともすればこひしきかたの名におへる都貝おぞまつ拾ひぬる
梭尾螺(ほらのかい)〈右十四〉
山ぶしのこしにつけたるほらの貝ふくるおまゝの秋の夜の月
文蛤介(いたやかい)〈左十五〉
信実
あやしぐもうらめづらしきいたや貝笘ふく海士のならひならずや
色介(いろかい)〈右十五〉
夫木菩提院関白
夕みてば礒間になびく色貝のうきみしづみゝ恋わたるかな
破介(われかい)〈左十六〉
夫木和歌の浦にふるきくだけのわれ貝も拾へるかずに又まじりぬる
疵介(きずかい)〈右十六〉
与謝の海の夕干のかたの真砂地お行ばきず貝ありといふなり
小介(こかい)〈左十七〉
山家集西行
なには潟しほひにむれて出たゝんしらすのさきの小貝拾ひに
真蘇枋介(ますほうかい)〈右十七〉

しほそむるますふの小貝ひろふとて色の浜とはいふにやあるらむ
浪間柏介(なみまかしはかい)〈左十八〉定家
難波めがなみまがしはおとるほどに日もくれ袖に月ぞやどれる
貽介(いかい)〈右十八〉
あこやとるい貝のからおつみおきて宝のあとお見するなりけり