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風俗見聞録

陰陽道の事、吉凶損益お告て、人お損し己お益さん事おはかるもの也、又家相、人相、方位、的殺、地祭、身固め、家固等の事あり、これまた人身お惑し、未前お億するもの也、陰陽道は、天下国家の事に御用ひあるは、格別の御事なれども、以下に広く行はるべきものに非ず、すでに易の弊は賊也と雲り、世おぬすみ人お犯す也、此道朝廷の御用ひあさからずして、中古大に誇て、土御門家の食禄、備前大井庄〈并〉肥前内お領し、凡拾有余万石の家禄也と雲、然るに豊臣殿下の世に欠所せられ、殊に文禄の頃、秀次卿騒動の時、土御門家の加りし事有し故、尾張国へ配流せられ、陰陽道は是国家お犯道也、治平の世には不益の物也と、兼て思ひ来れりと有て、陰陽道悉闕職せられしときく、其のち御当家の御世に成て、御赦免お蒙り、聊食禄お給はり、土御門家再び職禄お起せし由、併配流の内に晴明已来の家の伝書お失ひし由、今世に用る所のは偽書也と雲、当時土御門家に入寮せし門人、及配下の者ども、皆周易お用て用事おしらず、いかにも元来の源法は取失しとみゆ、或辺土の者、密に以前の本法お伝へて秘蔵せしと雲もありし故、是が申旨お取り、試みに未前お問しに、よく符合せし事有、然らば右の本書の法は、不測の玄旨成ものと見ゆ、扠当時土御門家の配下なる陰陽師共、三け津は勿論の事、国々に散在し、その数万人成べし、是等土御門家の門人配下抔唱れども、彼家へ出入し事もなく、別而伝受お請し事なく、彼家より所々へ取締る所お立置所〈江、〉年々運上お出し、配符お得て渡世する也、依て彼家の法式おしらず、面々思思に、或は周易お用ひ、或は暦法お用ひ、又は神道の祓おなし、又は密に仏道の加持祈禱の法お行ひ、或は狐狸など遣て、奇怪の事お告て人お訛し、金銭お奪ふ也、土御門家、又は白川家、吉田家の神祇職に於ても、或は門人配下と唱えて、国々在々迄配符おわたし置けれども、其者の顔も知らず、素生の善悪もしらず、今又何様の法お用も知らず、隻年々の貢おとるのみの事也、双方利欲同志の渡世也、猶当世は富者多く、貧者多く、優長人多く、病苦人多、又強欲悪逆盗難、其外の凶難多ありて、彼是惑犯事どもおほき世の中、古陰陽卜筮の事大に行れて、繁多に成し故、門人配下の名多く出来て、年々の収納以前倍増せしといふ、扠陰陽道卜筮の事、先辻抔へ出るは、銭廿四銅より起りて、以上だん〳〵ありて、其事に寄、其相手に寄て、何程も分限なく訛し取事也、此道元来国家お犯もの成り、当時の如く、利欲に拘りては、猶更人に害難お授るのみ也、殊に此業お成者は、或は浪人、或は僧徒の堕落、或は儒医、其外我業体に掛て渡世に困りし者、都て放蕩無頼のものゝなす事にして、猥に利口の方便お遣ひて、欺取事お是とする也、斯の如く欲情お以て伺ふ卜筮に、天命の降る事や有べき、猶往古聖徳の極給ふ法式お以伺ふ事故、差当の吉凶は顕はるゝ事も有べけれども、誠に永久不朽の天命は、降り給ふまじき也、勿論卜筮のみにも限らず、神道の祓も、仏道の祈禱も、礼禄謝義に対して行ふ修法は、神仏も感応は有まじく、殊に天道は請給ふまじき也、譬へば売女の子おなさゞるが如し、欲情の交りし修法は、天命も仏神も、脇に成し給ふ也、如此当世は、聖教の道も、仏神の道も地に落て、利欲に汚れて奇瑞なく、不測の天命更に降り給はざる也、 ○按ずるに、陰陽寮の陰陽師の事は、上文陰陽寮職員条に収めたり、