今昔物語

十九

代師入太山府君祭都状僧語第廿四今昔 と雲ふ人有けり、 の僧也、止事無き人にて有つれば、公け私に被貴て有ける間、身に重き病お受て悩み煩けるに、日員積て病重く成ぬれば、止事無き弟子共有て、歎き悲て、傍々祈禱すと雲へども、更に其験無し、而る間、安倍晴明と雲ふ陰陽師有けり、道に付ては止事無かりける者也、然れば公け私此お用たりける、而るに其の晴明お呼て、太山府君の祭と雲ふ事お令、此の病お助て、命お存むと為るに、晴明来て雲ふ、此病お占ふに、極て重くして、譬ひ太山府君に祈禱すと雲へども、難協かりなむ、但し此の病者の御代に、一人の僧お出し給へ、然ば其の人の名お、祭の都状に註して、申代へ試みむ、不然ば更に力不及ぬ事也と、弟子共も此れお聞て、我師に代て、忽に命お棄むと思ふ者一人も無し、隻命お全くして師の命お助けむとこそ思へ、亦師失なば房おも取り、財おも得、法文おも伝むとこそ思、代らむと思ふ心の露無からむも理はりなれば、互に顔お守て、雲ふ事も無くして、居並たるに、年来其の事とも無くて、相ひ副る弟子有り、師も此れお勤にも不思ねば、身貧くして壺屋に住て有る者有りけり、此の事お聞て雲く、己れ年既に半ばに過ぬ、生たらむ事、今幾に非ず、亦身貧くして、此より後善根お修せむに不堪ず、然れば同く死たらむ事お、今師に替て死なむと思ふ也、速に己お彼の祭の都状に注せと、他の弟子共此お聞て、難有き者の心也と思て、我身こそ代らむと不雲ねども、彼が代らむと雲こそ聞は哀なりけれ、泣く者も多かり、晴明此れお聞て、祭の都状に其の僧の名お注して、丁寧に此れお祭る、師も此お聞て、此の僧の心此計可有しとは、年来不思ざりつと雲て泣く、既に祭畢て後、師の病頗る減気有て、祭の験有に似たり、然れば代の僧は必ず死とすれば、可穢き所など沙汰し取せたりければ、僧聊なる物具なむど拈たる、可雲き事など雲ひ置て、死なむずる所に行て、独り居て念仏唱へて居たり、終夜傍の人聞けども、忽に死ぬとも不聞ぬに、既に夜曙ぬ、僧は死ぬらむと思ふに、僧未だ不死、師は既に病愈ぬれば、僧今日など死なむずるにやと思ひ合する程に、朝に晴明来て雲く、師今は恐れ不可給ず、亦代らむと雲し僧も不可恐ず、共に命お存する事お得たりと雲て返ぬ、師も弟子も、此お聞き喜で泣く事無限し、此お思ふに、僧の師に代らむと為るお、冥道も哀み給て、共に命お存しぬる也けり、皆人此事お聞て、僧おなむ讃め貴びけり、其後師此僧お哀て事に触て、止事無き弟子共よりも重くして有ける、現に理也、実に難有き弟子の心也、