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大鏡
四右大臣師輔
この九条殿〈○藤原師輔〉は、百鬼夜行にもあはせ給へるは、何のほど雲事はえうけ給はらず、いみじう夜更て、内より出させ給ふに、大宮よりみなみざまへおはしますに、あはのゝつじのほどにて、御車のすだれうちたれさせ給ひて、御車うしもかきおろせ〳〵といそぎおほせらるれば、あやしとおもへどかきおろしつ、御随身御前どもゝいかなる事のおはしますぞと、御車のもとにちかくまいりたれば、御したすだれうるはしくひきたれて、御さくとりてうつぶさせ給へるけしき、いみじき御人にかしこまり申させ給へる御さまにておはします、御車はしぢにかくな、たゞずいじんどもは、ながえの左右にくびきのもとに、いとちかく候てさきおたかくおへ、ざうしきどもゝこえせさすな、御前どもゝちかくあれとおほせられて、尊勝陀羅尼おいみじうよみたてまつらせ給ふ、うしおば御車のかくれのかたにひきたてさせ給へり、さて時中ばかりありてぞ、御すだれあげさせ給ひて、今は御うしかけてやれとおほせられけれど、つゆ御ともの人々は心もえざりけり、のち〳〵のしか〴〵のことのありしなど、さるべき人々にこそは、しのびてかたり申させ給ひけめど、さるめづらしき事はおのづからちり侍りけることにこそ、