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宇治拾遺物語

いまはむかし、修行者のありけるが、津の国までいきたりけるに、日くれてりうせん寺とて、大なる寺のふりたるが、人もなきありけり、これは人やどらぬ所といへども、そのあたりに、またやどるべき所なかりければ、いかゞせんと思て、負うちおろして内に入てけり、不動の呪おとなへていたるに、夜中ばかりにや成ぬらんとおもふほどに、人々のこえあまたしてくるおとすなり、みれば手ごとに火おともして、人百人ばかりこの堂のうちにきつどひたり、ちかくてみれば、目一つきたりなどさま〴〵なり、人にもあらず、あさましき物どもなりけり、あるひは角おひたり、頭もえもいはず、おそろしげなる物どもなり、おそろしと思へども、すべきやうもなくていたれば、おの〳〵みないぬ、ひとりぞまた所もなくてえいずして、火おうちふりて、われおつら〳〵とみていふやう、我いるべき座にあたらしき不動尊こそい給たれ、こよひばかりは外におはせとて、片手してわれお引さげて、堂のえんの下にすへつ、さるほどに、あかつきに成ぬとて、この人々のゝしりてかへりぬ、まことにあさましくおそろしかりける所かな、とく夜のあけよかし、いなんとおもふに、からうじて夜あけたり、うちみまはしたれば、ありし寺もなし、はるばるとある野の来しかたも見えず、人のふみ分たる道も見えず、行べきかたもなければ、あさましと思ていたるほどに、まれ〳〵馬にのりたる人どもの、人あまたぐして出来たり、いとうれしくてこゝはいづくとか申候ととへば、などかくはとひ給ぞ、肥前国ぞかしといへば、あさましきわざかなとおもひて、事のやうくはしくいへば、この馬なる人もいとけうの事かな、肥前国にとりてもこれはおくの郡なり、これはみたちへまいるなりといへば、修行者よろこびて道もしり候はぬに、さらば道までもまいらんといひていきければ、これより京へ行べきみちなどおしへければ、舟たづねて、京へのぼりにけり、さて人どもにかゝるあさましきことこそありしか、つの国のりうせんじといふ寺にやどりたりしお、鬼どものき所せばしとて、あたらしき不動尊しばし雨だりにおはしませといひて、かきいだきて雨だりについすゆとおもひしに、ひぜんの国のおくの郡にこそいたりしか、かゝるあさましき事にこそあひたりしかとて、京にきて語けるとぞ、