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闇の曙

或人、生霊死霊の説お問ふ、予〈○新井白蛾〉答ふ、是もいろ〳〵有、口お糊せんが為に、虚妄なる誑惑おいふて、金銭お貪りかすむる者も有、又生得愚鈍不才にて、正理おしらず、おしへお聞ても、心底に通ぜず、己れが心より招き求めて、煩ふもあり、又は文盲白痴ゆえ、狐狸につまゝるゝも有て、一様ならず、理明らかなる人は、はやく其趣お知べき事也、援に物語り有、謡のやうなれども、語て聞せ申候べし、或豪家へ出入する山伏の様なる事おいふもの有、此者好て生霊死霊おいふて、愚人女子の心お惑はす、此等は人道お失ふて、妖怪の奴となりたるもの也、扠右豪家の主人、妾宅お作る、本妻聞て、妬情甚しとなん、田舎の門人何某、しか〴〵の事お語る、予が曰、今の世に生れて、いにしへのごとく、夜半にや君が独り行らんなどと吟じて居る人はなき筈の事なれば、さも有べし、