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源順集
初の冬、〈○貞元元年〉かのえさるの夜、伊勢のいつきの宮にさぶらひて、松のこえよるのことにいるといふ題にて奉る歌の序、 いせのいつきの宮〈○村上皇女規子〉秋野の宮にわたり給ひて後、冬の山風さむくなりての初、はつか七日の夜、庚申にあたれり、なが〳〵しき夜おつく〴〵とやはあかすべきとおもほして、みすのうちにさぶらふおもと人、みはしのもとにまいれるまうちぎみたちに、歌よませあそびせさせ給ふ、歌の題にいはく、松の風よるのことにいる、これにつけてきけば、あし引の山おろしにひゞくなるまつのふかみどりも、うば玉の夜はにきこゆることのおもしろさも、ひとへにみなみだれあひゆき通ひて、むべもむかしの人、松風に入といふことの詩句おつくりおきそめけんとなむおもほえける、順がかしらのかみ、夏も冬もわかぬ雪かとあやまたれ、心のやみはからにも大和にもすべてつきなく、おまへのやり水にうかべるのこりの菊に思ひあはすれば、いづみばかりにしづめる身はづかしく、なにたかききぬがさおかに、てるもみぢばお見わたせば、かゝるまといにさぶらふことさへまばゆけれど、さもあらばあれ、人こそきゝてそしりわらはめ、かけまくもかしこきおほんかみは、哀ともめぐみさいはい給ひてん、今いにしへおみるがごとく、こよひの事お後の人もみよとて、書しるして奉るは仰ごとにしたがふ也、夜おさむみことにしもいる松風は君にひかれて千代やそふらん 貞元元年初、斎宮侍従のくりやに御坐する間に、八月廿八日庚申の夜、人々あそびいはひの心およむ、神代より色もかはらで竹川のよゝおば君ぞかぞへわたらん