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闇の曙

愚人お欺き誑かす道具には、金神の祟り猶世に多し、此金神にも、六方金神などゝいふ化もの有、其説に曰、劔先向三つ後三つにて、六方づゝは、毎年の金神にて、又暦にしるす金神有、扠年のめぐり合にて、恵方の真中へ劔先きのあたる年あり、彼輩がいふ、此事おしらず、恵方とて、宿がへすれば、大に祟り有とて、衆愚お欺き威しかける也、三十年ばかり以前、大坂高麗橋壱丁目辺に、金神医者と異名せる医者有し、〈或は山伏医者ともいふて人々笑けり〉病家へ行と、十に五つは、此病人は金神の祟りあり、薬にては治しがたし、祈禱すべしとすゝむ、さなきだに、病家は迷はしく、心ぐるしくおもふ所へ、たゝりおいふておどしかけるほどに、忽ちまどひ恐れて、祈禱お頼むもの多し、金神除の祈禱は、京都に大験者有、引合せ申べしとて、差図する山伏、京四条近所に有しとなむ、此事お知る人は、あれは相棒なりと謗り賤しめり、此医者少し文字おならべる事もせし故、予〈○新井白蛾〉が下坂の時などは、文章の事など尋ねに来りし、今は死して其跡も断絶せしと聞ぬ、然れども、高麗橋辺に四十年も住人は覚有べし、尋ぬ問へばかたるべし、