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大友興廃記
二十
大将心持の事并星お祈事去程に島津義久公、天正十四年の冬、諸勢お豊後の地に発向すべきために、まづ休叱薩州豊州の運の程おはかり見よと申付らる、休叱曰、運おはかる迄も御座なく候、豊後両大将の星は、それがし存知の事なれば、大友宗麟子息義統の星おいのり申べく候、星の奇瑞次第になされよろしからんと申、義久公猶と同ぜらる、休叱則私宅にかへり、檀上の儀式次第おかざり、秘術おつくしぬ、扠宗麟公は禄存星、義統は破軍星にあたり玉ふ、されば休叱豊後両大将禄存星破軍星お先として、あたる星毎お祈りしかば、忽然として奇特みゆ、此行にては運の甲は乙となり、利おうしなふ事あらじと、喜悦の眉おひらく、