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橘庵漫筆

世俗、四十弐歳(○○○○)は疫年なりとて、俄に鬼神に媚て、姦巫貪覡の為に財お費して、福お祈り、邪祟なからんことおねがふ、何の拠か有て、斯四十二歳お恐るゝや、疫年の説おこがましく記したる書許多あれども、望洋たる杜撰、男子の見る物にあらずと、書名さへ覚へざりき、按るに、男子は大陽にして、其廻れるとし重陰なり、四と二と合て老陰六の数となり、不足すべき陰は、却而有余の四上に有て、陽お剥する故、恐るゝなり、又女子の純陰なるに、大陽の数三三と並び廻る年故、慎なるべし、その疫お、俄に恐るゝこと、水の溢れ来り、火の疾くうつるがごとし、何んぞ四十二歳に至れば、火災水難の俄に来るがごとく凶事の起らんや、何故これお神に媚、仏に歎きて、幸お求るや、殊に国により、二の正月とて、年替おするなどゝ、親族朋友お招き、大に宴し、美酒佳肴おつらね、饗応善尽こと、冠婚の礼の大なるよりも、甚しくこれお祝へり、其愚の甚しきや、慎べきお却而祝し、大宴お設くるにいたる、是恐るまじきお驚き、慎べきお祝す、これ何事ぞや、己つゝしみて罪お天に得れば避るに所なし、〈○中略〉 或雲、四十二は、死と雲訓(○○○○)にて、三十三は、散々(○○)と雲音なり、故に疫年として忌めりと雲へり、何れより出し説かしらず、何んぞ四十二、三十三にかぎるべけんや、一生涯お常疫とし、平素其独お慎まば、鬼神巫覡お頼むにまさらん歟、