[p.0227][p.0228]
今昔物語
二十七
播磨国鬼来人家被射語第廿三今昔、播磨の国 の郡に住ける人の死にたりけるに、其後の拈など為させむとて、陰陽師お呼籠たりけるに、其の陰陽師の雲く、今某日、此の家に鬼来らむとす、努々可慎給しと、家の者共此の事お聞て、極く恐ぢ怖れて、陰陽師に、其れおば何かヾ可為と雲へば、陰陽師、其の日物忌お吉く可為也と雲ふに、既に其日に成ぬれば、極く物忌お固くして、其の鬼は、何より何なる体にて可来なりと、陰陽師に問ければ、陰陽師、門より人の体にて可来し、然様の鬼神は、横様の非道の道おば不行ぬ也、隻直しき道理の道お行く也と雲へば、門に物忌の札お立て(○○○○○○○○○)、桃の木お切塞ぎて(○○○○○○○○)、法おしたり、而る間、其の可来しと雲ふ時お待て、門お強く閉て、物の迫より臨(のぞけ)ば、藍摺の水干袴著たる男の、笠お頸に懸たる、門の外に立て臨く陰陽師有て、彼ぞ鬼と雲へば、家の内の者共、恐ぢ迷ふ事無限し、此の鬼の男、暫く臨き立て、何にして入るとも不見えて入ぬ、然て家の内に入来て、竈戸の前に居たり、更に見知たる者に非ず、然れば家の内の者共、今は此にこそは有けれ、何様なる事か有らむとすらむと、肝心も失て思ひ合たる程に、其の家主の子に、若き男の有けるが、思ふ様、今は何にすとも、此の鬼に被啖なむとす、同死にて後に、人も聞けかし、此の鬼射むと思て、物の隠より、大なる雁箭お弓に番て鬼に指宛てヽ、強く引て射たりければ、鬼の最中に当にけり、鬼は被射けるまヽに、立走て出づと思ふ程に、掻消つ様に失にけり、箭は不立ずして、踊返にけり、家の者皆此れお見て、奇異き態しつる主かななど雲ければ、男同じ死にて後に、人の聞かむ事も有りと思て、試つる也と雲ければ、陰陽師も、奇異の気色してなむ有ける、其の後其の家に、別の事無かりけり、然れば陰陽師の構たる事にや有らむと可思きに、門より入けむ有様より始めて、箭の踊返て不立ざりけむ事お思ふに、隻物には非ざりけりと思ゆる也、鬼の現はに此く人と現じて見ゆる事は、難有く怖しき事也かしとなむ語り伝へたるとや、