[p.0245][p.0246]
官位訓

天文暦道の事天文暦道の事お不合の沙汰する人有、其はじめおしらずと見へたり、陰陽道昔は一家として両道お兼たり、しかるに加茂保憲といふ名人、天文道お以て安倍晴明に授け、暦道お息子光栄に譲る、是より両道にわかるゝなり、それ天文といふは、天地変災雲気非常の怪みある時、其様子お見て是は吉瑞、是は凶兆と明らむ役也、されば此見立は凡人の及ぶべきにあらず、又暦道は年々の暦お沙汰する、是は算数お以て致す所也、加茂保憲名誉の達人なれば、我子の光栄に天文おさづけたくは思ふらめど、器量及ばざるがゆへに、暦道ばかりおさづけ、弟子の晴明に大事の天文道おあたへられ侍るは、晴明が器量抜群すぐれたるがゆへなり、まことに保憲我子の愛におぼれて、天文お光栄に譲らば、天下国家の為ならず、家の瑕といひ、挑りお後代に残すべきに、正道のはからい、後世に恥ずとかや、去程に晴明は古今無頭の神人にて、其子孫泰親などいふも希代の博士にてありし也、此泰親は加茂の社に詣てける折ふし、雷落かゝりたれども何の障りもなし、平家物がたりにもしるしたるごとく、奇妙お顕はしたり、其外人の見る諸書に書のせたれば、援にのぶるに及ず、しかるに元祖保憲が眼力は明哲なるものなり、暦道は光栄のながれにて、今にあれどもさだかに人しらず、安倍の家筋おば土御門と号して、今に天文道お掌り給ひて、風雲気色お奏聞あるとかや、晴明より十七代の後有修卿より、土御門と申す称号おこり、従三位に叙し、はじめて昇殿ありて、今泰連朝臣にいたつて七代なり、二位にも成給ふ御家とかや、