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愚管抄

この春〈○元久三年〉三星合(〇〇〇)とて、大事なる天変の有ける、司天の輩、大におぢ申けるに、その間、慈円僧正、五辻と雲て、しばしありける御所にて、取つくろひたる薬師の御修法おはじめられたりける修中に、この変は有けり、太白木星火星となり、西の方に、宵々にすでに犯分に、三合の寄あひたりけるに、雨ふりて消にけり、又晴てみえけるに、みえてはやがて雨ふりてきえ〳〵、四五日してしばし晴ざりければ、めでたき事かなとて在ける程に、その雨はれて、なほ犯分のかぬ程にて、現じたりけるお、さて第二日に、又くもりて、朝より夜に入るまで、雨お惜みて有けり、いかばかり、僧正も祈念しけんに、夜に入て、雨しめ〴〵とめでたく降て、つとめて消え候ぬと奏してけり、さて其雨はれて後は、犯分とほくさりて、この大事変つひに消にけり、さてほどなく、この殿〈○藤原良通〉の頓死せられにけるおば、晴光と雲天文博士は、一定この三星合は、君の御大事にて候つるが、つひにからかひて、消候にしが、殿下にとりかへまいらせられにけるにとこそ、たしかに申けれ、このおりふしにさし合せ、怨霊も力おえけんとおぼゆるになん、その御修法は、ことに叡感有て、勧賞などおこなはれにけり、