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武将感状記

一信玄気お見るの法お学でこれに通ず、然れども嘗てこれに拘攣したまはず、一日、信濃の帥とたヽかふ時、悪気あり、信玄すこしも憂なく、備お固し、列お整てこれお待、敵の虚おうかがひ討て、勝利お得たり、帰て馬場美濃お召て、気お見るの法は信ずべからず、今日かくと語られけるに、美濃、其悪気は敵の為か、味方の為か、弁がたかるべく候と申す、信玄、師伝の趣は身方の為なり、美濃、御方の為の悪気と思召に由て、合戦常よりも戒慎おくわへ玉ふ、是お以て危からずして全勝お得させられたるに候、軍旅は唯しまりあるお第一とすと、兼て御意なされしは、此にて候ぞと申ける、信玄又信濃に発向の時、鳩一つ庭前の樹上に来る、衆見て口々に私語て喜ぶ色あり、信玄そのこへお問れければ、鳩此樹上に来るとき、合戦大勝にあらざる事なし、御吉例に候と応ふ、信玄、鉄炮お以て、忽其鳩お打落して、衆の惑お解たまふ、鳩もし来らざる時は、衆疑沮する心ありて、戦ひ危からん事お慮りたまふなり、