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武家砕玉話脱漏
一源君〈○家康〉秀頼卿お、二条城にて饗せらるべしと詢ありしに、母公淀殿危怖て、其時の軍配者白井竜伯は、占候に長じたる者ゆへ、竜伯吉凶お考しむ、竜伯七日潔斎して、香お焼て、其煙気お見ること三度ながら大凶に当る、其趣お書て、片桐東市正に示す、市正、私宅に呼、故お問、竜伯、大凶なり、往ば必害にあはんと雲、且元、煙気は吾曾て知らざる所なり、然共秀頼往ずば兵起らん、往ば難なからじ、是お以見る時は、勘文お書かへて、吉也とせよといふ、竜伯きかず、しいて、其咎は吾あづからむといへば、止事お得ずして、吉也と書かへて、不慮あらばいかゞせんと憂るお、市正笑て、秀頼公害に逢はせ給はゞ、吾も共に死せん、誰あつて罪お刻せんやと雲、市正、竜伯が勘文お奉りければ、淀殿大に喜んで、秀頼卿お二条に往しめらる、無事に帰城ありければ、淀殿竜伯お賞して、白銀百枚お給ふ、其外これかれより金銀多く贈り、竜伯、市正の宅に行、今鄙生金銀お得たるは、貴公の故なりとて拝謝す、夫より気お見る術お止て閑居せり、或人雲、軍者の諸家日取法繁も集て見るに、一月の中、其中の吉お取れば、悉く吉日と成、凶おとれば、悉く凶と成、依之元来吉凶なしといへば、物お破るの誤お生ず、又是吉凶有といへば、事に惑ふ患深し、故に見る者おして独さとらしむ、