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怪異弁断
一天異
月食は、月光地影に遮られて失其明者也、〈○中略〉蓋按に、月体は本無光、日の光お受て光映おなせり、望には日月正対し、日光お月体に全く廩く、故に円光也、朔には大陽の気盛に、望には大陰の気盛也、故に朔望には万物の気盛実にして、潮夕の往来も脹大也、然るに月食は日月黄道の一線に在て正対する時、中間の地の蔭月体お射て月光お翳蔽す、此時お月食とす、毎望に日月正対すと雲とも、黄道の正線に在て不正対ときは、望と雲とも無月食者也、是其大概也、月食の時刻は、大陰の本体暗晦せる時なれば、万物の気も昏晦の時也、常数有と雲とも、是お不祥の時として人事お慎むも亦可ならん歟、〈○中略〉往古日食は変災として、月食おば変と為ざる事は、日食の算法は、近代の暦算の如くに細密に委しからざれば、能合がたし、それさへ歳差等の子細有に依て、数年お経る時は差ふ事あり、古の算法は甚粗かりし故に、日食動すれば差て、日食の分量有無不定して知がたし、此故に変異と思ひたり、月食の算法は、日食の算よりは易くして、差ひ有事希也、上古の粗き算法にても、大分の差ひは無りしものなれば、月食は定りたる事にて変災にてはなしと思へる者なり、畢竟算術の未だ委しからざる故なりと可知、