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人の身体、骨格、面貌、手足等お観て、其人の禍福お卜するお観相と雲ひ、此に従事するものお相工又は相人、相者などとも雲へり、支那に在りては、戦国より秦漢お経て有名の人輩出し、我国に在りても、上古より既に其法ありしが如し、地相の説も、亦夙に支那より伝来して、陰陽寮の陰陽師は、占筮、卜相と共に斯に従事したり、墓相は墓地の吉凶お相するものにて、子孫の富貴栄達お図るに外ならず、家相は家屋の位置、及び其周囲の形状、并に移転の方角お相して、其吉凶お卜する法なり、此法後世特に盛に行はれたり、剣相は刀剣の吉凶お判じて、其人の禍福お占する法にして、徳川氏の中世、一時大に行はれしと雲ふ、夢占は、ゆめあはせなり、古く夢解(ゆめとき)とも称し、後世は夢判(ゆめはんじ)なども雲へり、夢お占ひて、其事の吉凶お判ずるお雲ふ、字占は一に相字とも拆字とも雲ふ、文字の偏傍お分拆して、以て吉凶お判するお雲ふ、墨色は其人の写す所の字画の墨色に就て、其濃淡妍醜お相して、人の禍お知る法なり、又花押、印判等の字画に依りて、其人の吉凶お判ずる法あり、是亦字占墨色の類なり、